一月十一日  「日曜の影」

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曇天の隙間から時折、太陽が顔を覗かせる。

昨夜、「新しい朝」のあと、もう一曲録音してみた。
「日曜の影」という仮題をつけた。
その二曲を親しい何人かに聴いてもらうと、「新しい朝」に関して、皆、一様に「打鍵した鍵盤が戻る際のアクションの音が気になる」という貴重な感想をくれた。
今回はミュートピアノ、そして上下の前板を外した状態で、近距離のマイキングで録音しているので通常のピアノの音色とは異なり沢山の「その他の音」が含まれる。フェルトと布が擦れる音、ペダルの音、ハンマーの音、そして鍵盤が戻るカタカタした音、、それらも「音色」として音楽の一部と捉え、敢えて含もうという意図で制作している。
しかし皆に、旋律より気になり、勿体ないと言われると、聴いてくれる人が心地よく受け取れるようバランスを図る必要がありそうだ。
このように制作途中の曲を誰かに聴かせて意見を求めるということは、今までは無かった。今回は初めての試みを沢山している。

今回のアルバムの音作りを任せている玄に電話し、まずこの二曲の音色を先に作ってもらい、それを指針に今後の演奏をしていくことにした。件のアクションの音もバランスを取ることが可能だろうとのことで、希望もある。まずは頼れる相棒、玄に託すことにする。
音が決まれば、この二曲を旗にして、そのまま彼方を目指せば良い。

今日は新年の空気を吸いたい。
街に出る。
夕方の青山は賑わい、僕が寝込んでいる間に街は今年を始めていたようだ。

HADEN BOOKS: の新店舗へ、早く行きたかった。
自宅で録音中のピアノは元々HADEN BOOKS:に在ったアップライトピアノであり、唐津の海辺の街からやってきた。店主の林下英治さんが、青森で同郷の僕を昔から東京の兄のように暖かく見守ってくださり、ピアノを託してくれていたのだ。花屋西別府商店で不思議な美しいチューリップを買い、新しく洗練されたHADEN BOOKS:へ顔を出した。英治さんの美味しい豆乳カプチーノを頂く。
英治さんの空間は、どこに移っても、英治さんの時間になっていて、優しく心地が良い。

そして草月ホールへ向かった。
今夜は青葉市子さんの十周年コンサート。 市子さんが十年ということは、、こちらは1stアルバム「grace」をリリースしてから十二年の月日が経って、ようやくピアノソロアルバムを作っているのか。ずいぶん遠回りのようだったけれど、必要な道程だった。思えば市子さんとの出会いも八年前、英治さんのお店だった。

市子さんはライブの最後に、靴を脱ぎ舞台の最前に腰掛け、生音で歌った。それは海に歌えば鯨が歌い返してくれるような、花を照らす陽光のような、田んぼに降る雨のような歌だった。

そう、こんな風に、紡ぐ音は全てと繋がる円の一つの循環でありたい。

源泉掛け流しの温泉につかった心持ちで家路に着く。
今日という時間も必然で、スティルライフに澄んだ水のまま循環したい。
ピアノが部屋で待っている。
帰りの電車の車窓には満月が浮かんでいた。

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suzuki takahisa